プロフィール



<ナガノノブエ>
新潟県生まれ。早稲田法学部大学卒業後、放送局での音楽番組制作を経て、
フリーランスのライター/編集に。小学館『日本国語大辞典』改訂に関わったことをきっかけに
近世文芸が好きになり、雑俳や噺本をシュミとして読むようになる。
現在、日本の伝統文化、生活文化に関わる人々へのインタビューを中心に多方面で活動。
横浜市在住。

家族:爆釣系を自称する夫(某古流剣術の師範でもある)と、某高専でカッターを漕ぐ長男
趣味:40歳を過ぎて始めたオトナの剣道。水泳。テキトーなマラソン(フルは4.5レベル)
音楽:ふと気づけば家にはピアノ・メンがいっぱい。
(ランディ・ニューマン、ポール・ブレイ、ブラッド・メルドー、ジョン・ブライオン、ニルス・フラームなど)
資格:運転免許と保育士(仕事がらみで。。「栄養」が難しかった)
   


左は、拙著『賞賛語・罵倒語辞典』(小学館)表紙。
いわゆる絶賛在庫中です。


連絡先:
nagano696-967@yahoo.co.jp

*このブログは永遠の工事中で2013年以前の記事を公開しておりません。
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# by nobue-nagano | 2016-03-25 16:00 | プロフィール

(レッド・ツェッペリンの)中心人物は誰だかわからぬまま、(シド・ヴィシャスの)ドンチャン騒ぎ

めったに更新をせず、今年2回目というテキトーさですが、
それはさておき、
ロック(洋楽)をめぐる新聞報道のお話。

ミック・ジャガーが初来日した頃から、
大麻で捕まったわけでもないのに、来日した大物ロック歌手・バンドが
新聞1面に掲載されるようになりましたが、
昭和の時代の新聞においては、ロックの扱いははなはだ粗雑でありました。

昭和45(1970)年1月、ジョン・レノンが初の個展を開いたことを報じる朝日新聞 <注1>の見出しは
レノン君、絵画に進出
当時のレノンは29歳。決して若くありません。
子どもでもないレノンを「君」で呼ぶのは、親しみの表現ともいえますが、
リスペクトの表現ではないことは確か。

同じく朝日新聞の、レッド・ツェッペリンの解散を伝える記事<注2>は、
見出しでは
中心人物失い グループ解散
と伝え、本文ではバンドについて、
ジミー・ペイジ(ギター)を中心にした四人グループで、
と説明しているので、ここだけ紹介すると、ペイジが脱退したみたいです。
(実際にはドラムのジョン・ボーナムの急死により解散)

セックス・ピストルズのシド・ヴィシャスの死亡を伝える記事になると、
これも朝日新聞<注3>ですが、偏見があからさまで、

ビシャスはマンハッタンのホテルで一緒に暮らしていたゴーゴー・ダンサーが「目をさまして見たら腹を刺されて死んでいた」と警察に届け出て、その直後に殺人容疑で捕まっていた。一日になってやっと保釈申請が許可になり、その夜はファンの女性たちと朝までドンチャン騒ぎ。

「ドンチャン騒ぎ」、最近あまり見なくなった日本語ですが、当時もふつう死亡記事で見る言葉ではなかったと思います。
記事中の「ゴーゴー・ダンサー」は、映画『シド・アンド・ナンシー』などで、
ロック好きにはおなじみの、ナンシー・スパンゲンのことです。
なお、この事件を伝える日本経済新聞の記事<注4>は、もっと客観的です。

ビシャスは昨年十月、元ゴーゴーガールで当時ビシャスのマネージャーをしていたナンシー・スパンゲンさん(28)をナイフで刺殺した容疑で逮捕されたが、保釈されて裁判を待っていた。

このところ朝日新聞の体質が問われていますが、
中立性を欠く表現を看過する伝統があるのかもしれませんね。
(そして日経新聞は、意外と昔からロックの話題をよく取り上げている)

なお、現在発売中の日経BP社『大人のロック!』2014年秋号では、
サマー・ソニックで来日したロバート・プラントとクイーン+アダム・ランバートの公演について
中立とはいいがたい、贔屓目線のリポートをお伝えしております。
ご高覧いただければ幸いです。

注1 『朝日新聞』昭和45(1970)年1月14日東京版夕刊
注2 『朝日新聞』昭和55(1980)年12月10日東京版夕刊
注3 『朝日新聞』昭和54(1979)年2月3日東京版夕刊
注4 『日本経済新聞』昭和54(1979)年2月3日夕刊

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# by nobue-nagano | 2014-09-17 17:34 | 明日のことば

「へ」は「平和」の「へ」

2014年も明けて8日。早いものです。 
小中学校の3学期も始まります。 
この時期、小学校では国語の授業や朝の活動で
カルタをとるところもあるようです。 
ぐんまちゃんの群馬県では 地元カルタ(上毛カルタ)をやるそうで、 
もし知り合いに群馬県出身者がいたら、
 「ね・ねぎとこんにゃく」と言ってみてください。 
必ずや、「下仁田名産」と続けてくれるでしょう。 

カルタを社会教育に使うのは、 日本人の好きなことの1つであるらしく、
 第二次大戦後、文部省の管轄にあった憲法普及会は、 
新時代の日本のカルタとして「新いろはかるた」を発行しました。 
いわく、  
   いくさをなくす新憲法  
   ろばたよりよ(世)論  
   花も実もある人となれ  
   にこにこ笑顔で話せばわかる  
   封建かたぎははやらない 

実物はこちら↓
作者は、辰野隆(仏文学者)、颯田琴次(音声学者)、
徳川夢声、サトウハチロー の4人とされています。   

「新いろはかるた」に類したカルタは、ほかにもあったようで、
 去年11月、衆議院憲政記念館「戦後日本の再出発特別展」では 
「新憲法漫画いろは歌留多」が展示されていました。★注
 パンチ力では、こちらがまさっています。 
   
  ゆ ゆめをさましたポツダム宣言  
   手がるにきめるな国家の予算  
   役人こぞってまごころ奉仕  
   日本の象徴われらの天皇 

お茶を飲んでいる横で、子どもらがこのカルタで、
「男と女 権利は同じ」 なんてやっていたら、
お父さん、どんな気持ちだったやら。

この二つの憲法カルタ、まったく別につくられていますが、
偶然にも、「へ」は同じワードから始まります。  

 へ 平和の世界 われらののぞみ (新いろはかるた)  
 へ 平和道標 一百三條  (新憲法漫画いろは歌留多)

「へ」といえば 「平和」とくるほど、
戦争の時代を生きた日本人は、憲法に「平和」を求めたのでしょう。 
……でも、安倍カルタの「へ」は、 別のワードになりそうですね。


<注>
「戦後日本の再出発特別展」小冊子(無料配布!)によると、
展示された「新憲法漫画いろは歌留多」(池田さぶろ画)は個人蔵

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# by nobue-nagano | 2014-01-08 16:36 | 明日のことば